ブログ・活動報告
2026.10.3(Sat) | 日々の記録
まずは目の前の一人を幸せにするところから。
10月の行事続きのスタートのトップは長女の文化祭。
仕事はお休みをいただいて、朝から文化祭へ。
長女たちの合唱を聴いて、一度帰宅して、両親と合流。
数日前、大叔母が亡くなった。
96歳だった。
母が鹿児島へ行き、今日、両親と一緒にご飯を食べながら、その話になった。
すると父が、
「おばが亡くなったら、次は私たちかもな。ハハハッ」
と言った。
そして、
「男性の平均寿命が81歳で、女性は87歳くらいだったかな?」
と、妙に冷静に話している。
いやいや🤣
こっちは一瞬、
「え、そこ笑うところなん?」
と思ったけれど、よく考えたら、なんとも父らしい。
もちろん、年齢を重ねれば、身体のあちこちが痛くなったり、この先のことが不安になったりすることもあるだろう。
でも、少なくとも私の父は今のところ、
「いつか死ぬかもしれない」
ということを、必要以上に怖がってはいない。
むしろ、
「まあ、順番やな」
くらいの感じで、今日を生きている。
96歳の大叔母を見送ったばかりなのに、
「次は私たちかもな、ハハハッ」
と言える、この余裕。
もしかしたら、人生をそれなりに謳歌してきた人だからこそ出てくる言葉なのかもしれない。
そして私は、その話を聞いて思った。
両親と過ごせる時間にも、限りがある。
子どもたちと過ごせる時間にも、限りがある。
当たり前だけど、子どもはいつまでも子どもではない。
14歳も、11歳も、7歳も、あっという間に過ぎていく。
両親だって、いつまでも元気でいてくれるわけではない。
だからこそ、私はこれからも家族を大切にしたい。
と、同時に、自分がやるべきこともしっかりとコツコツやる。そして自分自身も楽しむ。
泳ぐ。
働く。
笑う。
やりたいことをやる。
そして、その人生の中に家族がいる。
そんな感じが、一番しっくりくる。
これから何か新しいことを始めても、どんな肩書きを持つことになっても、
職業なんて関係ない。
家族にとって大切なのは、
「何の仕事をしている人なのか」ではなく、
「一緒にご飯を食べた人」だったり、
「一緒に笑った人」だったり、
「困ったときにそばにいた人」だったりするんじゃないだろうか。
子どもたちとラーメンを食べた。
家でスープから作ったラーメンを、みんなスープまで飲み干した🤣
そんな何気ない一日も、いつか振り返ったら、
「あの頃、楽しかったな」
と思う一日になるのかもしれない。
人生は、いつまで続くか分からない。
だからこそ、今日をちゃんと生きる。
そして、できるだけ大切な人と一緒に笑っていたい。
96歳の大叔母から、両親へ。
そして、私へ。
なんだか人生のバトンを受け取ったような気がした。
……とはいえ。
うちの家系、96歳やで🤣
スカウター、やっぱり測定不能。
そしてこの日は、夫が社員旅行で留守だったため、私は車を走らせた。
長女に頼まれた、コラボパンを買いに。🤣🥖
……なんてことのない、普通の一日。
でも、ふと思った。
本当に家族を幸せにできるのは、やっぱり家族なんじゃないかな。
もちろん、学校も、地域も、行政も、社会も大切。
困ったときに助けてもらえる仕組みも必要だし、暮らしやすいまちをつくることも大事。
でも、家に帰ったら。
子どもにとって私は「何かを目指している人」でも「政治に関わっている人」でもなく、ただのお母さん。
文化祭で歌を聴いて、
「よかったよ」
と思いながら、今度は頼まれたパンを探しに行く。
こういう小さなことが、たぶん家族の幸せなんだと思う。
そして逆に。
家族を本当に不幸にするのも、家族だったりする。
一番近い存在だからこそ、
一番支えになれるし、
一番傷つけることもできる。
だからこそ、私は思う。
大きなことを語る前に、
まず自分の家族を大切にする。
家族の「困った」を見逃さない。
家族の「嬉しい」を一緒に喜ぶ。
たまには頼まれたパンを探し回る。🤣
それくらいのところからでいいんじゃないかな。
そして、それは地域でも同じなのかもしれない。
「市民のために何かをする人」と「市民」が、遠く離れた存在になる必要なんてない。
もし政治家になったとしても、私は一市民。
子どもの文化祭に行って、
パンを買いに走って、
スーパーで半額シールを探して🤣、
道路で「危ないやん!」って思って、
そんな毎日を普通に生きている一市民。
その中で、
「これ、もっとこうだったらいいのにな」
と思ったことを、少しずつまちにも返していく。
たぶん私がやりたいのは、そういうことなんだと思う。
家族も、地域も、特別な誰かが幸せにしてくれるわけじゃない。
結局は、
一人ひとりの「こうしたら、ちょっと嬉しいな」の積み重ね。
長女のために、コラボパンを探しに行く。
まずは目の前の一人を幸せにするところから🌻