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2026.8.18(Tue) | 日々の記録

平等、公平って、みんな同じこと?

篠原 理奈

日常の小さな出来事から、ふと考えた。

「平等」という言葉を聞くと、
みんなに同じものを。
みんなに同じ負担を。
みんなに同じ条件を。

そんなイメージが浮かぶ。

でも、本当にそれが「公平」なんだろうか。

同じ金額でも、置かれている環境によって、その重みは違う。

同じ時間でも、
介護や育児をしている人と、そうでない人では、その価値が違う。

同じ制度でも、
置かれている環境によって、受け取る意味は違う。

だから私は、政治をするなら、
「みんな同じ」を目指すだけではなく、「違う人がいる」ことを前提にしたい。

そして、もうひとつ大切にしたいこと。

それは、気持ちを金額や時間や内容で測らないこと。

誰かをお祝いしたい。
誰かの力になりたい。
まちを良くしたい。

その気持ちは、必ずしも「いくら出せるか、どれくらいの時間をかけれるか、どんなことができるか」では測れない。

無理をして誰かを祝っても、

無理をして誰かを助けても、

無理して何かを更新しても、

その先にあるのが苦しさなら、持続しない。

だからこそ、

無理をしないことと、思いやりを持つことは両立できる。

私は、そんな社会がいい。

「できる人が、できる範囲で」はもちろんのこと、

「違いがあることを認めながら、それぞれが参加できる社会」

それは、子育ても、福祉も、教育も、まちづくりも、きっと同じ。

政治は、大きな数字や制度の話だけじゃない。

一人ひとりの暮らしの中にある、
「これ、ちょっと厳しいな」
「こうだったら嬉しいな」
「私はこう感じる」

そんな小さな声を、ちゃんと拾うことから始まるんじゃないだろうか。

私は、そういう生活者の感覚を忘れない政治に関わりたい。

人の数だけ政策がある、そんなことを娘と色とりどりのバッシュをみながら思いました。

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